
キュッ!と冷水でしめた茹でたての麺を、熱いつけ汁にくぐらせていただく…嗚呼、至福のひととき。「ため息の数だけ幸福が逃げる」という言葉がありますが、「すすった数だけ幸福になれる」のがつけ麺!そんなつけ麺の歴史を紐といてみましょう。

発祥の由来については諸説ありますが、一般的には、東池袋に店を構えていた大勝軒の当時の御主人・山岸一雄氏が中野大勝軒在籍時に考案したと言われています。時は1955年、半世紀以上も前のことでした。
元々は賄い食で、ラーメンのスープに醤油で味付けし残った麺を浸して食べたのがきっかけだったとか。
まさにラーメン界のビッグバンとも言うべき運命のイタズラ。探し求めていた幸福の青い鳥は、すぐそこにいたのです!
元来、日本は蕎麦文化。
濃いめのつけ汁に中華麺を浸して食べるというスタイルがあっても不思議ではありません。
試行錯誤の上完成されたのは豚骨・鶏ガラなどの動物系スープと、煮干・鰹節などの魚介系スープを合わせ、これに砂糖による甘味、酢の酸味、唐辛子の辛味を大胆に加えたつけ汁。
「お腹いっぱい食べて欲しい」という山岸氏の思いから、たっぷりの太麺と共に提供されました。
この「特製もりそば」はつけ麺の原型となり、現在も大勝軒系、丸長など多くの店でこのスタイルのつけ麺を頂くことができます。
当時は休日になると、早朝から東池袋大勝軒の店先に「大勝軒友の会」と呼ばれる常連客が集い、お酒を酌み交わす光景も見られました。
2007年、区画整理によりその歴史に幕を閉じた瞬間はニュースとして大きく取り上げられ、全国からファンが押し寄せました。
かくいう私も前日の終電で駆け付け、ビル風に凍えながら徹夜で並んだものです。
最後の一杯は、涙がちょちょぎれるほど美味しかった!
現在は移転し、お弟子さんが後を引き継いでいます。


さて、話は戻り…かくして「もりそば」「つけそば」「ざるラーメン」「ざる中華」などと様々に名前を変え、東京を中心に各地へと拡がって行ったつけ麺(ちなみに初めて「つけめん」と名付けたのは「つけめん大王」だと言われています)。
しかし、「つけ麺は汁が甘くて辛くて酸っぱいもの」という形式が作り手の呪縛となっていたのもまた事実でした。
コアなファンを除いて、つけ麺が一般的に浸透するのには時間がかかりました。
当時首都圏以外ではまだまだ認知度が低く、ラーメンが多様化して行く一方でつけ麺は冬の時代を迎えます。
(例外として、広島では中華麺を醤油ベースのピリッと辛いスープに浸し、茹でキャベツなどと共にいただく「広島つけ麺」が独自に存在。元祖は「新華園」。)

そんな中、90年代後半くらいから、大勝軒をはじめとする「甘・辛・酸」を軸とするつけ汁とは趣を異にするつけ麺が出現しはじめました。砂糖・酢・唐辛子などの調味料を抑え、その分豚骨や魚などの出汁の濃度を高めることでパンチ力を補う「出汁で食べさせるつけ麺」です。
この方向性はどんどん顕著になり、出汁はより濃く、麺も負けないよう更にしっかりしたものにシフトして行きます。そしてその流れの決定打となったのが「六厘舎」(大崎)。ドロドロの豚骨スープに強い魚介出汁を合わせ、魚粉をそのままスープに浮かべた「超濃厚和風豚骨」といえるそのスタイルは強烈なインパクトをもって一躍脚光を浴びる事に。海苔の上に魚粉を盛る"海苔筏"スタイルを模倣するお店が急増する程の一大ムーブメントを巻き起こしました。
やがてこの味は東京から地方に伝播し、今や北海道から九州までいろいろな場所で食べられるようになりました。



超濃厚魚介豚骨スタイルはすっかり定着しましたが、その一方でそれと異なる味を模索する店も現れ始めています。
甲殻類を使ったつけ汁、ベジポタ系と呼ばれる野菜のポタージュでとろみを出すタイプ、焼く・煮るなどの調理を施した青魚で出汁をとった鮮魚系、トマトで洋風に仕上げたつけ汁など、つけ麺の可能性は更なる広がりを見せています。
またこれまでは「つけ麺=太麺」という暗黙の了解がありましたが、細麺によるつけ麺にも今後注目です!

つけ麺の醍醐味は、麺そのものの食感や風味をよりダイレクトに味わう事が出来る所でもあります。
昨今の著しい製麺技術向上につけ麺ブームが大きな役割を果たしていることは言うまでもないでしょう。三河屋製麺、浅草開化楼といった製麺所の名門とタッグを組み、よりつけ麺に適した麺に切り替えるお店や、自家製麺に取り組むお店が急激に増えました。


好みに合わせて様々な食べ方が出来るのもつけ麺の魅力。
冷水でしめた麺を熱いつけ汁に浸すのが基本ですが、どちらも熱い「あつもり」、逆に両方冷たい「ひやもり」などの注文が出来るお店もあります。
つけ汁の温度の低下を防ぐために焼き石を入れてくれるお店も。
食べ終わった後は、残ったつけ汁をラーメン用のスープで割る「スープ割り」(蕎麦でいう蕎麦湯)をすれば、一粒で二度美味しい!
スープ割りのかわりにライスやお粥、卵などを投入するお店も登場しました。
お客さんの中には、まず何もつけずに麺だけを味わう・スープ割りのスープのみをレンゲで飲むなど更にマニアックな楽しみ方をする人もいるとか…。
つけ麺はもはや単なる"ブーム"ではなく"文化"へと華麗なる変貌を遂げました。過渡期を迎え、益々その真価が問われる今。
老舗は勿論、話題のお店が一挙に集結する「大つけ麺博」は見逃せません!