皆さん、最近歩いてますか?この番組では、俳優の地井武男さんが散歩の楽しみ方、おすすめのコースを、お茶の間の皆さんに紹介します。皆さんもさあ!散歩に出かけて、自分だけの楽しみを見つけましょう。
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和服洗い張りの職人 小林伸光さん
洗い張りとは、着物のクリーニングです。小林さんは洗い張りの専門家だけれど、昔はどこの家庭でも、日常の着物は業者に頼まず、それぞれの家庭で洗いました。
着物は、洋服と違って、1枚1枚"パーツ"にバラせます。解いて反物の状態に戻し、きれいにお湯で洗って、糊を引き、ぱーんと張ります。それを日当たりがいいところで乾かすと、ぴんと張った反物によみがえるわけ。再び縫い合わせてお仕立てすると、元のきれいな着物に戻ります。
僕の家庭では、"張り板"に洗った反物を張り付けていました。平らな板に濡らした反物をぺタっと張って、上から空気が入らないようにしゅーっとヘラを落としてやると、生地はぴたっと板に張り付きます。
小林さんの洗い張りは、別の方法を用います。両端に針が付いている竹の細い棒のしなりを利用して、生地の端と端をピンと伸ばします。この方法は、できるだけ生地に穴を開けないように針を刺す技術がないと、うまくいきません。僕は小林さんにお会いしたとき、針刺しに挑戦させてもらったけれど、難しかったですね。
小林さんは、水に溶いた糊が入っているバケツを指差して、「このブリキのバケツじゃないといけないんだ」って言うんです。僕は、「ブリキのバケツに入れた状態の水じゃなきゃいけない理由があるのかな?」と不思議に思ったのですが、「ブリキのバケツは地面に置いたときの音がいい」って言うことでした・・・そこに職人の頑ななこだわりを感じました!
小林伸光さんは、今は少ない和服の洗い張り職人。大正5年(1916年)、祖父が東門前で「港屋京染店」を創業。3代目の伸光さんは、終戦間際に母方の実家・足利で生まれましたが、東門前で育ち、今も東門前に店を構えています。
創業当初、「港屋京染店」は、その名の通り、職人の制服とも言える「印半纏(=襟・背などに家号・氏名などを染め出した半纏)」の生地を染めて仕立てる店でした。しかし、戦争が激しくなった昭和16年頃からは、印半纏を作るだけでなく、洗い張りや着物の無地染めのサービスも行うように。贅沢品の代表である新しい着物が市場に出回らなくなったため、古い着物を長く着続けるのが当たり前になったからです。

地井さんと一緒に撮影

「港屋京染店」 川崎市川崎区東門前1-10-14
TEL:044-266-3625
洗い張り 値段の目安(消費税別)
表地 7,000円~12,000円、胴裏3,500円、八掛3,500円
戦争中は軍需工場で働かされていた私の父は、「港屋京染店」に戻り、戦後も「洗い張り」と「染め」を兼業しました。貧しかった戦後復興期の日本では、町の染物屋は儲かったそうです。着物を新調する余裕なんてなかったから、「染め直し」や「洗い張り」は、擦り切れるまで着物を着た時代の"ちょっとしたお洒落"でした。今じゃ考えられませんが、釜で染料を炊いて、反物から背広まで、何でも染めていました。町の染物屋が、ウールの背広を釜に入れて染め直しちゃうなんて、大胆ですよね。
昭和の奥さんたちは、普段着る木綿の着物であれば、ご自身で洗い張りをしていた時代です。だから、わざわざお金を払って「洗い張り」を頼むのは、高級な着物や絹ものが多かったですね。木綿の着物は板に張ればいいので簡単に洗い張りできます。でも、絹ものは伸子張りじゃないと洗い張りができません。伸子を使いこなすには技術も必要だし、手間もかかりました。

【1】端縫い
解いた着物の首周りなど生地が裂けている部分を縫い合わせ、反物の状態に戻す。

【3】「伸子」張り
大島や平織りの着物は、竹の先に針が付いた伸子を反物に張って、しわを伸ばす。反物も両端を刺して、数cm間隔で「伸子」を打つので、着物一反で約270本は伸子を使う。
※ちりめんなどヨリのかかった生地は、湯のし(蒸気でしわを伸ばす)。


【2】水洗い
専用の中性洗剤とたわしで洗う。洗ったら、すすいで、脱水。

【4】糊入れ
伸子で張った反物に、刷毛で糊をひく。生地の強度によって糊を調節するのも、職人の腕の見せどころ。
※小林さんは糊を溶いた水をブリキのバケツに入れる。ブリキのバケツが地面に当たる音が小気味良いそう。
【5】仕上げ
乾いた反物を折りたたんで、角を揃える。
※お客さん自身で縫製ができない場合は、別途お仕立ても行う。
現在、私が実際に行っているのは「洗い張り」と「絹衣洗」「しみぬき」「湯通し」「湯のし」です。「染め」の仕事は外注しています。私は、小さいときから、「染め」や「洗い張り」を手伝ってきたから、他の世界を知りません。家業だと思うから、当たり前のように跡を継ぐこともできました。でも、時代と共にこの仕事の難しさも感じます。
日本人みんなが着物を着た時代は、店に座っていれば仕事が来ました。着物を着る人がいるかぎりがんばりたいです。また、染につながる仕事は「のれん」「のぼり」「半天」などもお受けしています。私は商店街、小中学校、技能フェスティバルなどの催しをとおして、手仕事の良さ、伝統の技術を披露させて頂いています。
「洗い張り」の仕事はやりがいがあります。寒い冬は水仕事が体にこたえますが、きれいになった着物を見たお客さんの笑顔を見ると、嬉しいですね。私は、お客さんが持ち込んだ着物の価値も見定めます。お客さんは「大した着物じゃない」と思って預けに来ても、実は貴重な着物だったりするのです。それを伝えてあげると「じゃあ、またこの着物を着ます!」って感激してくれます。

2006年地元のお祭りで みんなが着ている「祭半纏」は、小林さんがデザインした「港屋京染店」の特注品。

(1) 猫 「港屋京染店」に来るお客さんに愛されている。

(2) 電車の模型 小学生の頃に手作り。子供の頃から、とても器用だった。

(3) 貴重なレコードの数々 落語や音楽を聴きながら仕事をするのが好き。