地井さんが出会った人たち

地井さんが散歩した町で出会った、素敵な人たちをご紹介します。

第4回
花屋「海戸園」の看板おばあちゃん・大胡ムネさん(91歳)

地井さんの印象

 ムネさんは、とても上品なおばあちゃんです。「91歳」という年齢を聞いてびっくりするくらい、かわいらしい。
花屋さんって、感性がないとできない職業でしょう。花の命は短いし、お客さんが花を欲しがるタイミングに敏感でなくてはいけないし、温度の調節もしなくてはいけない・・・苦労がたくさんあるんだろうなと思います。
ムネさんは、花に水をあげるとき、「きれいだね」「がんばってね」って声をかけるんです。あと、花にクラシックの音楽を聞かせてあげるんだって。これって、僕も日ごろ感じていることなんだけど、庭の花に水をやるとき、花に声をかけてあげるほうが花はきれいに見える。それから、花に対して「きれいだね」と言える自分が、きれいなんだよ。だから、ムネさんは、いくつになってもきれいなおばあちゃんなんだと思います。

地井さん
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商売の「いろは」も知らない
漢文学者の娘が嫁いだ先は、花屋さんでした

大胡ムネさん

 京急鶴見駅前の「ベルロードつるみ」という商店街に、「海戸園」という花屋さんがあります。このお花屋さんの看板おばあちゃんが大胡ムネさん。87歳まで、花の市場に出向き、「海戸園」で販売する花を競りで仕入れていました。現在「海戸園」は、お孫さんの憲太郎さんが継いだので、ムネさんは、気の向くまま店先に出て花を愛で、お客さんとおしゃべりを楽しむそうです。


 「本が好きだから、本屋さんになりたかった」と語るムネさんは、22歳のとき結婚。漢文学者の娘で商売には縁がなかったムネさんが、花屋を営む達雄さんに嫁いだとき、女学校時代の友人は心配したそうです。「いらっしゃいませとか、ありがとうございましたなんて、とても私には言えないと思われていたみたい」。
 1942年に長女・保子さんが誕生してまもなく、達雄さんは戦争に行きました。それまで、花の仕入れは達雄さんに任せていたムネさんでしたが、夫が不在の間は、横浜の花市場に自ら出向き、長女を抱っこし、大風呂敷に包んだ花をしょって店に帰りました。。「戦争中は、食べ物など必要なものは配給制だったでしょ。店を開けられていたのは、薬屋と花屋だけだった」と振り返ります。「当時は公定価格があった。菊が1本24銭、小菊が1本17銭などと、価格が決められていたの。その通りに売らないと、今後仕入れができなくなってしまう」。

1938年 花嫁姿のムネさん

 達雄さんは、オーストラリアに向かう輸送船団に乗り込みました。中には、途中轟沈する船もありました。達雄さんは、オーストラリアにはたどり着けず、ハルマヘラ島に上陸。インドネシアにあるこの島で終戦を迎えます。「日本から迎えの船が来るまで、主人がどんな思いで過ごしていたか想像できないと思います。米軍の攻撃から逃げられなかった兵隊さんもいたし、栄養失調や病気で亡くなった人もたくさんいる。そんな人たちのために、花屋をやっていた主人は、南の植物や花をアレンジして、ハルマヘラで『慰霊祭』をやりました」。
 1946年の春、「必ず帰ってくる」と信じていた達雄さんを乗せた船が、無事舞鶴に到着。その後おふたりには次女・ひろ子さんと三女・孝子さんが生まれました。

1955年ごろ ムネさん、ご主人の達雄さん、次女・ひろ子さん、三女・孝子さん

夫の遺志を継いで女主人に。
同業者からも一目置かれる存在に

1964年ごろ
ご主人の跡を継ぎ、女主人に

 達雄さんが1964年に亡くなると、ムネさんは花屋の社長になり、仕入れも担当。毎朝競りに通い、手で値段を示す“ヤリをつく”というアクションも行いました。元気なムネさんは「私に落とせ!」と声を出しながら、店番をしてくれている娘たちが喜ぶような花をなるべく安く仕入れたそうです。
 競りが始まる前には、市場に集まった花の下見をしました。花の目利きをしながら、自分のライバルが誰なのかもチェック。「白い花を狙っていると思われる売参人がいるときは、競りが始まる前に、黄色や赤の花を仕入れようと心に決めます」。


海戸園

 ムネさんには、ご主人の達雄さんから受け継いだ、ある習慣があります。「主人は、買い手のつかない花を可哀想と思い、仕入れて、店に持ち帰り、たっぷり水を飲ませて、翌日捨てるような人でした。せっかく生まれてきたのに、おっぱいを飲めないなんて、花が可哀想でしょ」。花市場に長く貢献してきたご主人のお陰もあって、ムネさんがどうしても仕入れたい花には、敢えて手を出さない同業者もいたとか。「私は義侠心の強い人。どこかに優しさがあることが、商売をしていて大事なことです」。


ムネさんのお気に入りは、デルフィニュームの中の、マリンブルー。
シクラメンは、約2,000円。「地井さんがきれいだと言ってくれました」

インターネット全盛の時代になっても
商売の基本は変わらない

「ちい散歩」のロケで記念撮影 右端が三女・孝子さん、左端は現在「海戸縁」の社長を務めるムネさんの孫・憲太郎さん

 最近では、手でヤリをつきながら花を競り落とす市場も減ってしまったとか。「事前にインターネットで花の注文ができるようになっちゃって。市場に行っても、花の在庫が少ないことがあります。事前予約は便利かもしれませんが、思いがけず美しい花を安く買える醍醐味はありません」。

海戸園(かいとえん)
神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央4-2-4
045-511-2464
※ 日曜日はお休み。「母の日」や「クリスマス」は、日曜日でも営業いたします。事前に確認してください。
※ 海戸園には、「花七(神奈川県横浜市鶴見区豊岡町3-6 TEL 045-573-8787)」という本店があって、長女・保子さんの次男が現在経営されています。



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